勝連城址
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勝連城跡(かつれんじょうし)は、琉球王国が安定していく過程で、国王に最期まで抵抗した有力按司(あじ)阿麻和利が住んでいた城として有名である。 1972年(昭和47年)5月15日、国の史跡に指定された。2000年(平成12年)11月首里城跡などとともに、琉球王国のグスク及び関連遺産群としてユネスコの世界遺産(文化遺産)にも登録されている(登録名称は勝連城跡)。登録されたグスクの中では最も築城年代が古いグスクとされている。 城は、沖縄本島の中部勝連半島の根元に位置する丘陵上に築かれている。一の曲輪(くるわ)からは、北は金武湾を囲む北部の山々やうるま市の離島を望むことができ、南は知念半島や久高島、護佐丸の居城であった中城城跡が一望できる景勝地になっている。 城壁は、自然の地形を巧みに利用しながら、石灰岩の石垣をめぐらせている。北西の最高部から一の曲輪、二の曲輪、三の曲輪、四の曲輪と各平場が階段状に低くなり、再び南東側の東の曲輪で高くなっている。 城が立地しているこの場所一帯は、長い間人々が活用してきた土地である。城跡の崖下からは、貝塚が発見され、先史時代後期末から古代人の生活地として利用され、13世紀前後より城塞としての体裁を整えたと考えられている。 |










